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〈平成時代(1)〉

1989(昭和64、平成01・01/08)【今上】 己巳(つちのとみ)

  《総理大臣》[第74代]竹下登(→06/03)、[第75代]宇野宗佑(06/03→08/10)、[第76代]海部俊樹(08/10→)
  《知事》[第49代(公選11代)]高田勇
  《市長》[第27代]本島等

  01/05出島町の旧出島神学校に長崎市歴史民俗資料館本館を移転開設
     1997(平成09)08/01上銭座町の旧長崎県社会保険診療報酬支払基金事務所に移転。分館と統合して開設
  01/07昭和天皇が87才で崩御
     01/0701/16各自治体が弔問の記帳所を設ける
     01/0701/09長崎の商店街が喪に服し弔旗をアーケードの天井に掲げる
     歓楽街もネオンを消し休業、自粛をし、パチンコ店も休業するなど哀悼の意を表する
  01/07平成に改元
  01/上五島石油備蓄基地が世界初の洋上備蓄基地として完成。約440万竏(88万竏×5基)
  02/22(社)長崎歴史帆船協会が発注した復元帆船が完成し福州市を出港
     1989(平成01)04/29復元帆船「飛帆(フェイファン)」が長崎入港
  02/株式会社長崎相互銀行が長崎銀行と改称
     1992(平成04)本社建物の窓枠や外壁の大幅な外装改修を行なう。裾周りや入口に石積みがなされる
  03/01平日準夜急患診療所を市内新地町の長崎市医師会敷地内に開設
  03/20長崎県営バスが阪急観光バスと共同運行で長崎駅前〜大阪(梅田/阪急三番街)に夜行高速バス「ロマン長崎号」の運行を開始
     長崎県営バス初の夜行高速バスで、公営交通が運行する唯一の夜行高速バス
  03/31長崎県立高島高等学校が閉校となる
  03/諫早の小野地区に「諫早干拓資料館」が開設
     施設は国のモデル木造施設建設事業で建設
     柱を使わないフレーム架構式の構造で16糎×80糎の大断面集成材を長尺物(16米)として用いる
  04/01国道34号に架かる鎮西橋、中之橋、一之橋の3橋の幅が広がる
     中川2丁目〜馬町の国道34号の道路拡幅工事が完成したことによる
     鎮西橋…橋長13米、橋幅40.5米
     中の橋…橋長23.1米、橋幅36.6米
     一之橋…橋長17.5米、橋幅34.7米
  04/01中川2丁目〜馬町の国道34号の道路拡幅工事が完成。幅35米、4車線。供用を開始
  04/02木鉢川を跨ぐ木鉢1丁目と小瀬戸町を結ぶ木鉢歩道橋歩道橋が創設
     階段段数は木鉢町側25段、小瀬戸町側14段
  04/20長崎と熊本を九州横断自動車道、九州縦貫自動車道で結ぶ高速バス「りんどう号」が開設
     6往復(産交3、県営3)
     1991(平成03)04/208往復(産交4、県営4)に増便
     1992(平成04)07/2110往復(産交5、県営5)に増便
     2002(平成14)06/9往復(産交4、県営5)に減る
     2006(平成18)06/8往復(産交4、県営4)に減る
  04/21西彼杵郡外海町大字黒崎下黒崎郷に外海総合公園(5万0345平方米)が開設
  04/21任天堂がゲームボーイを発売。メーカー希望小売価格は1万2800円
  04/29復元帆船「飛帆」が長崎入港
     全長31米、全幅8米、マスト高26米、喫水2.5米、総瓲数106瓲
     1999(平成11)10/01「飛帆」が(社)長崎歴史帆船協会から長崎市に譲渡
   04/29キハ183系特急気動車「オランダ村特急」が483系電車特急「有明」との併結運転が開始
     鹿児島本線の線路容量の関係で、日本で初めて電車と動力協調運転ができる気動車となる
     1992(平成04)03/「オランダ村特急」が廃止となる
  04/有限会社マイティー・スパロウが設立
     1989(平成01)07/「One Shot Bar「BLIND LEMON」がオープン
     1990(平成02)04/浜町に「居酒屋 きゃべつ」がオープン
     1996(平成08)10/銅座町に「趣肴旬菜 吉里吉里屋」がオープン
     1997(平成09)03/築町「CAVEAU」が「ビストロ CAVEAU」としてリニューアルオープン
     2000(平成12)04/夢彩都4階に「海の見えるレストラン Restaurant SAKURA HOUSE」がオープン
     2001(平成13)01/新地町に「飲茶 点心 中国粥 桃花源」がオープン
     2001(平成13)10/鍛冶屋町の「櫻ハウス」が「旬魚旬菜 山や海屋」として営業再開
     2003(平成15)07/常盤緑地内に「水辺の公園レストラン」がオープン
  04/住吉中園商店街振興組合が建設していた中園町側アーケードの未設置部分の第3期工事が完成
     全面式49米、片側式84米
  04/長崎しにせ会が創立30周年を記念して諏訪神社へしだれ桜を奉納
  04/税率3%の消費税がスタート
     1997(平成09)04/消費税5%スタート
  04/「ながさきオランダ年'89」が開幕
  04/株式会社唐草が長崎の特産品のびわを使った新しい銘菓「枇杷かすた」と「らん・プティ」を発売
     株式会社唐草は九州銘菓「長崎物語」や「おたくさ」「出島蘭館」などを販売
     1999(平成11)03/「出島蘭館」をリニューアル、発売。出島貿易時代に伝わったチーズ、チョコレートを素材に全てを一新
  05/15小江原4丁目330-324に小江原台東公園(1072.38平方米)が、西琴平町17-4他に琴平中公園(567.71平方米)が
     かき道4丁目2000-1に矢上団地第5公園(2040.24平方米)が、住吉台町159-48に住吉北公園(454平方米)が開設
  05/風頭山公園奥に坂本龍馬像が建つ。制作は山崎和国
  06/01長崎県営バスが長崎「旅」博覧会のキャンペーンカーとしてロンドンバスを運行
     〜1990(平成02)11/04
  06/諫早島鉄パーキングが営業を開始
  06/中国で天安門事件が起こる
  06/九州電力が松浦火力発電1号機の営業運転開始
  07/01長崎県女子神職会が設立される
     長崎県内の女性神職(女子神職)で組織する団体
     自己研鑽に努め、女子神職としての立場から奉仕上の諸問題や神道教化活動に関する研究などにあたる
  07/08中央に支配されない長崎独自の平和集会「第1回ながさき平和大集会」が開催
     秋月辰一郎の呼びかけによる
     平和会館に45団体、約500人、原発賛成派から反対派まで集まり実現
  07/22長崎県営バスが長崎〜呼子間に高速バスの運行を開始
     1990(平成02)12/01長崎〜呼子線が0.5便増便し1.5便となる
  07/第3セクター「ルネサンス長崎・伊王島」がオープン
     2002(平成14)リゾート施設「ホテルエスパーニャ」(旧「ルネサンス長崎・伊王島)が閉鎖
  07/マイティー・スパロウグループ「One Shot Bar〈BLIND LEMON〉」がオープン
     1990(平成02)04/浜町に「居酒屋 きゃべつ」がオープン
  08/第1回長崎地酒まつりを開催
  09/21長崎バス(株)と名古屋観光日急が共同で長崎〜名古屋線に夜行高速バス『グラバー号』の運行を開始
  09/29三重地区京泊町に新長崎漁港が完工
     総工費820億円が最終的に1300億円の巨費を投じる大事業に
     旧水域より26倍、用地で36倍の巨大な面積をもつ
     1万瓲級の船が接岸できる岸壁、魚市場、近代的な水産関連施設、船員福祉施設、商店街が整備
     人口2万人の漁港ニュータウンも造成
  09/戦後初の客船「クリスタルハーモニー号」三菱重工業長崎造船所で進水
  10/01市制100周年記念事業の一環でシーボルト記念館が開館
  10/02京泊町に地方卸売市場長崎魚市場が開場
  10/03長崎県営バスと京阪バスが共同で長崎〜京都間に高速バスの運行を開始
     長崎→京都「きょうと号」、京都→長崎「ながさき号」
     1991(平成03)07/09高速バス京都線が枚方市に停車するようになる
     2001(平成13)03/ 長崎〜大阪線の「オランダ号」を京都延長の形で統合し廃止に
  10/「長崎くんち」(4)…東浜町(竜宮船・本踊)、築町(御座船・本踊)、
     銅座町(南蛮船)、八坂町(川船)、[特別参加]籠町(龍踊)
  10/「長崎ケーブルテレビジョン株式会社」(NCTV)が自主放送・自主制作開始
     1991(平成03)03/ハイビジョン実験放送を普通のテレビで視聴できるよう実験開始
     全国のケーブルテレビに先がけての実験
  10/長崎〜済州島(韓国)国際航路開設
  11/30西九州自動車道「武雄佐世保道路」のうち武雄南IC〜波佐見有田ICが供用を開始
  11/株式会社リンガーハット佐賀工場鳥栖分工場に日本初のキャベツ水流カット設備を開発設置
  11/諌早湾干拓起工式
  12/01下の川交差点〜竹岩橋東交差点間にJR・電車軌道を跨ぐ高架橋を創設
  12/長崎市田中町の東洋軒製パン所が改組。株式会社東洋軒となる。資本金1000万円
     1999(平成11)04/本社を長崎県諫早市に移転
  市内の主要道路に愛称がつく
     出島通り(出島町〜銅座町・250米)、福建通り(新地町〜籠町・260米)、
     唐人屋敷通り(籠町〜館内町・320米)、大浦海岸通り(新地町〜松が枝町・800米)、
     オランダ通り(新地町〜松が枝町・610米)、グラバー通り(松が枝町〜南山手町・900米)、
     オランダ坂通り(常盤町〜大浦1丁目・620米)、大浦石橋通り(松が枝町〜川上町・670米)、
     松が枝通り(松が枝町〜松が枝町・300米)。以降、順次、名前がつく
  三菱の中島会館がトレディアホテル中島に名称を変更
  馬町交差点〜西山高部水源地の1680米の道路拡幅工事が完成
     幅員7米から4車線22米に。総事業費104億円。1971(昭和46)着工
  大浦町の時中小学校が中国語学校として再出発
  長崎バス(株)全営業所に小田原機器のRX-FA2型自動読み取り式運賃箱が導入
     運賃と投入額の表示は、上向きに設置される
     当時実用化が開始された磁気式バスカードに対応しており、運輸省からも補助金(バス活性化の補助)が交付
     運賃精算の際には、バーコードが印刷されている整理券で運賃を読み取り、読み取られた運賃をカードから差し引く方法
     のちバス事業者共通の回数券がある中、他社での磁気式バスカード導入もなく、自社専用のバスカードは利便性に欠ける
     2002(平成14)小田原機器RX-FAN自動読み取り式運賃箱の長崎バス(株)仕様が全営業所へ導入
     RX-FANは長崎スマートカードと同時に導入されたタイプ
     カードリーダーを直接運賃箱に組み込み、運賃と投入額の表示が斜め横向きになる
     投入した整理券などを運転者・乗客双方が確認できるので旧型よりも見やすくなる
     旧型で対応していた磁気式バスカードは使用不可に
     2002(平成14)12/31磁気式のバスカードが発売中止
     ICカード式の長崎スマートカードが導入、ICカードに対応した新型運賃箱に置き換えられる
  ダイヤランドの造成工事が完了
  魚市場が三重の長崎新漁港に移転したため蒲鉾型の旧魚市場が解体
  魚の町、日赤会館内の長崎県赤十字血液センターが浦上貯水池横の市有地に移転。総工費約5億円
     血液需要増大のための手狭さ、検査機能の充実を図るため
  油木町の市立長崎商業学校跡地に県立総合体育館が完成
  五島観光歴史資料館が開館
  長崎県が整備する都市計画道路浦上川線の事業区間のうち、第1期の松山町−茂里町(約920米、幅25米)が完成
     事業区間は長崎市松山町−元船町の3.25粁。総工費約590億円
     2008(平成20)03/29午前6時、長崎市幸町−元船町(約1.5粁)の区間が一部供用を開始
     長崎駅前の慢性的な交通渋滞の緩和効果が期待
     残り茂里町−元船町(約2.3粁)の3工区に分かれているうちの一部
  小江原ニュータウンが完成
  西海町に第3セクターにより仏教系テーマパークとして「西海楽園」がオープンする
     1990(平成02)04/01園内に高さ40米の七ツ釜聖観音が建立
     2007(平成19)09/18第3セクター西海楽園が閉鎖
  亀山社中跡の保存公開を求める機運が高まり、地元住民らが「亀山社中ば活(い)かす会」を結成
     長崎市伊良林2丁目に「亀山社中跡」が一般公開を開始
     所有者の会元副会長から土地、建物の一部について無償で借用し、会の運営で土、日、祝日に公開
     2006(平成18)03/18「亀山社中跡」が閉館。一般公開を終了
     所有者が死去し公有化に向けた協議が進まなかったため
     2006(平成18)04/01「亀山社中」跡といわれる建物に代わり、近くの伊良林2丁目に「亀山社中資料展示場」がオープン
     同会は長崎さるく博の対応などに当たるため、社中跡から200米離れた空き家を借りる
     従来展示してきた龍馬ら幕末の人物の写真や資料など約130点を移設した。広さは約27平方米で以前より少し広くなる
  ソビエト連邦のペレストロイカに端を発し東ドイツの民主化運動(東欧革命)が拡大
     11/09ベルリンの壁が崩壊
     11/10未明、興奮した東西両ベルリン市民によって壁が破壊される
     1990(平成02)10/03東ドイツが自壊
     東ドイツ地域の諸州がドイツ連邦共和国(西ドイツ)に編入される形で再統一が達成される

1990(平成02)【今上】 庚午(かのえうま)

  《総理大臣》[第76代]海部俊樹(→02/28)、[第77代]第2次海部俊樹内閣(02/28→)
  《知事》[第49代(公選11代)]高田勇(→03/01)、[第50代(公選12代)]高田勇(03/02→)
  《市長》[第27代]本島等

  01/18午後3時頃、長崎市長の本島等(67)が市役所正面から公用車に乗り込もうとしたとき、
     長崎市に本拠地を置く右翼団体所属の田尻和美(40)が隠し持っていたピストルを至近距離から狙い撃ち
     本島市長は倒れ病院に搬送。田尻は周辺にいた市関係者らが取り押さえ警察に引き渡される
     病院に搬送された本島市長は緊急手術を施される。22口径の銃弾は右胸を貫通、致命傷には至らず3か月の重傷を負う
     市議会で本島市長は「天皇にも戦争責任はあると思う」と答弁。以来、市長への嫌がらせや脅迫が続き長崎県警は100人体制で警戒
     その警戒を解除した矢先のテロ
     田尻は警察の取調べで「昭和天皇には戦争責任がある」との発言に対して憤慨、反発のため銃撃したことを自供
     2000(平成12)田尻が刑期満了で出所。同右翼団体の創始者と養子縁組してナンバー2の幹部となる
  01/26長崎自動車道の未開通区間、武雄北方IC〜大村ICの39.1粁が開通
  01/27長崎県営バスが長崎〜北九州間に高速バス「出島号」の運行を開始
     また雲仙・諫早〜福岡に高速バス「雲仙号」の運行を開始
     2004(平成16)03/31長崎県営バス、西日本鉄道が共同運行する雲仙・諫早〜福岡の「雲仙号」が廃止
     廃止は西日本鉄道撤退後
  01/島原鉄道が福岡行き高速バス「天神号」の運転を開始
  02/01長崎市尾上町の長崎魚市場跡地で長崎県が立体駐車場事業を開始
     1995(平成07)04/01機械化による24時間営業開始
     2005(平成17)03/31尾上立体駐車場営業廃止
  02/09西彼杵郡香焼町に香焼第6児童公園(1815平方米)が開設
  02/日本海員掖済会長崎病院が新病棟の増築及び病棟改修工事が竣工。病床数が160床となる
     2008(平成20)12/亜急性期病床15床を届け出。総病床数が一般病床143床、亜急性期病床15床、合計158床に変更
  03/09JR長崎本線に県内では唯一残っていた本川内駅のスイッチバックが廃止となる
     スイッチバックは不可欠な仕組みで、主に急こう配の線路に停車場を設けるために導入
     本線路から分岐して設けた行き止まり線路に進み、逆行して平らな場所に設けたプラットホームに入る
     JR九州管内では豊肥本線の立野駅(熊本県)、肥薩線の大畑駅(熊本県)、真幸駅(宮崎県)が残るだけに
  03/19旧香港上海銀行長崎支店、旧長崎英国領事館、旧長崎税関下り松派出所が国の重要文化財に指定
  03/30佐世保市の中心商店街四ケ町と三ケ町を結ぶ全長950米の日本一長いアーケード街が完成
  03/30「11PM」が視聴率の低迷などの要因により24年5か月の放送にピリオドを打つ
  03/31坂本町811-7他に陽光台公園(790.1平方米)が、小江原4丁目330-609に小江原台北公園(476.01平方米)が
     かき道2丁目2000に矢上団地近隣公園(3万1951平方米)が、京泊1丁目3-48他に京泊第1公園(5058.91平方米)が
     京泊1丁目3-311に京泊第2公園(1726.61平方米)が、京泊1丁目3-237に京泊第3公園(1310.63平方米)が
     京泊町1-72他に京泊緑道公園(1万0971.40平方米)が、ダイヤランド1丁目887-106にみずがめ座公園(1208平方米)が
     西北町56-1他に西北公園(2971.69平方米)が開設
  03/31西彼杵郡琴海町尾戸郷に小口農村公園(1982平方米)が開設
  03/松が枝町県営駐車場がオープン
  04/01「長崎文化放送株式会社[NCC(英文正式社名・Nagasaki Cultural Broadcasting Corp.)]」が開局
  04/01西海町の仏教系テーマパーク「西海楽園」内に高さ40米の七ツ釜聖観音が建立
     運営は第3セクター
     2007(平成19)09/18西海楽園が閉鎖
  04/01西彼杵郡伊王島町大字伊王島に伊王岬プレイパーク公園(2千平方米)が開設
  04/16長崎県営バスが創成館高校スクールバスの運行開始
     〜1993(平成05)03/
  04/浜町にマイティー・スパロウグループ「居酒屋 きゃべつ」がオープン
     1996(平成08)10/銅座町に「趣肴旬菜 吉里吉里屋」がオープン
  05/02JR九州が博多−平戸−長崎オランダ村間にジェットフォイル「ビートル」の運航を開始
  06/11長崎電鉄が入江町停留場を廃止
  06/12長崎市●●町に日本ボウリング発祥の地の碑建立
  06/21長崎県営バス(交通局)職員の給与が口座振込となる
  06/27〜11/04島原鉄道が加津佐〜諫早に1日1往復、『旅博』号を運転
  06/28〜07/03長崎県中部で豪雨
        負傷者3人、家屋全半壊25戸、床上床下浸水2061戸。特に川棚川水系で大きな被害
  06/田中町のジャスコ東長崎店が営業開始
  06/電源開発・松浦火力が営業運転
  06/山形県鶴岡市の善宝寺で人面魚が発見される
     人面魚とは頭部を正面から見ると、人間の目鼻だちに似た模様を持つ魚のこと
  06/戦後初めて誕生した豪華大型クルーズ客船「クリスタルハーモニー」が三菱長崎造船所で完成
     CCI/日本郵船向け豪華客船 4万8621瓲【4万9400瓲】、1万2千kW電気推進機モーター2基、22節
     長さ241米、幅29.6米。客室480、乗客960人収容、乗員505人。三菱長崎造船所が客船分野進出の第1船
  07/17宝町のセブンツーボール跡地に長崎プリンスホテルが開業
     2004(平成16)07/負債1590億円とし長崎プリンスホテルを所有する三正が民事再生法適用申請
     2005(平成17)08/31長崎プリンスホテル営業終了
     名古屋市のランドーナージャパンが運営するベストウエスタンプレミアホテル長崎に衣替え
  07/17中島川をまたぐ鉄橋が再度架け替わる
     橋上にはエミリオ・グレコ作「水浴の女」がお目見え。橋のたもとには新橋完成祝いの時計塔が建つ
  07/2708/の「長崎旅博覧会」開幕に合わせて、「長崎スカイウェイ」を民間業者が開業
     6人乗りゴンドラ23台を備える。稲佐山の中腹と山頂を3分で結ぶ
     1998(平成10)赤字経営が続いたため長崎市が無償で引き取る
     財団法人「長崎ロープウェイ・水族館」に業務委託して運行
     2006(平成18)10/調査で、ケーブルなどに塩害とみられる腐食が進行していることが判明
     2006(平成18)12末/事故の恐れがあり、運行を休止
     1時間に約1100人を運べるが、団体から少人数に観光形態が変化した影響で、利用者は減少
     ピークの1991年度の約30万人に比べ、2005年度は約14万人に半減
     同年度のロープウエーと合わせた赤字は約6100万円に上り、改修すると約2億5千万円かかる
     代替手段として無料の送迎ワゴンを運行。ただ、年間約2100万円の運営費用がかかる
     2008(平成20)04/スカイウェイの運行が休止から廃止となる
     代替措置として、稲佐山の中腹と山頂を結ぶ有料の乗合タクシーの試験運行をはじめる
  07/31出島の表門が復元完成
  07/手熊と式見地区を結ぶ国道202号の蝶ケ崎トンネルが開通
     延長630米、歩道を含む2車線の幅員9.25米、事業費14億2800万円
  07/延長1477米の女の都トンネルが完成し、川平有料道路が開通
  08/01〜05国鉄が長崎〜旧長崎線・大村線経由〜早岐間に蒸気機関車58654号機でSL「長崎旅博号」を運転
  08/02長崎「旅」博覧会開催にあたり長崎県営バスが各種バスを運行
     PR用ロンドンバス、福祉バス、シャトルバス、ゾーン周遊バスなど
  08/03地域活性化を目的として県・市・商工会議所主催の「長崎“旅”博覧会」が開催
     松が枝国際観光埠頭、グラバー園、孔子廟の3会場がメインとなり
     他に、県立美術館など4館と市内7ゾーンの回遊方式がとられる
     また9ブロックに分けた県全体を舞台にしたイベントを企画、いわば旅することで完成する博覧会
     目玉は松が枝会場に建つ回転昇降式展望塔のスカイタワー
     回転しながら上昇し、市街や海が360度眺望できる
     イメージキャラクターに「旅人(たびびと)くん」
     イメージソングにひ・ま・わ・りの「私ここにいます」
     テーマソングにZINMの「みんな長崎を愛してる」
     ポスターに長岡秀星の作品を採用
     11/0494日間の会期が終了。会期中の動員目標の150万人に対し総入場者数は188万8997人
      スカイタワーの全高135米、展望キャビン最大高100米
      前年に名古屋で開催された世界デザイン博覧会のパロマタワーを移設したもの
      展望キャビン最大高、定員などはパロマタワーと同数値、所要時間は30秒長い約6分と公式記録に記される
      タワー1階にはFMイベント放送局のサテライトスタジオ、特設郵便局、ユニセフのブースが設けられる
      「長崎“旅”博覧会」の会期終了後も観光施設として存続
      1996(平成08)客足が伸びず赤字を累積するようになり営業を中止
      1999(平成11)03/解体撤去される
  08/09戸石町194-7他に長崎東公園(17万9100平方米)が開設
  08/〜11/野母商船が長崎「旅」博覧会期間中の旅客輸送のため尾上〜松が枝にシャトルポートを運航
     期間中134余万人を輸送
  08/ ラッキー自動車がホテルマジェスティックを開業
  09/02「長崎旅博覧会」の協賛イベントツアーで超音速旅客機「コンコルド」が長崎空港に飛来
     東京・羽田空港以外の空港では初めて
     予定到着時刻より1時間ほど遅れ、午後01時45分頃到着
     空港周辺に詰めかけた見物客は1万5千人に
     「コンコルド」は英国と仏国が共同開発。1976(昭和51)に就航
     英のブリティッシュ・エアウェイズと仏のエールフランス
     全長62米、全幅26米、乗客数128人、最大速度マッハ2
     騒音や飛行高度などの点の問題から1979(昭和54)の第16号機で生産中止に
     「コンコルド」は2003(平成15)10/末で引退
     英仏2社の航空業界の競争による収入減と機体整備費の負担に耐えられないことが理由
  10/03東ドイツが自壊
     東ドイツ地域の諸州がドイツ連邦共和国(西ドイツ)に編入される形で再統一が達成される
  10/08渡御。「長崎くんち」が台風接近のため日程変更10/10還御
     (5)…紺屋町(本踊)、出島町(阿蘭陀船・本踊)、東古川町(川船)、
     本古川町(御座船)、大黒町(唐人船・本踊)、樺島町(太鼓山)、[特別参加]諏訪町(龍踊)
  10/31地上3階、地下2階、店舗面積9288平方米のテナントビル長崎西洋館がオープン
  10/長崎日活劇場(榎津東映)がテレビ等の普及により観客が少なくなり廃館
  10/長崎バス(株)と姫神バスが共同で長崎〜姫路・神戸線に夜行高速バス『エトランゼ号』の運行を開始
  10/東西ドイツが統一
  11/17雲仙普賢岳が1792(寛政04)の「島原大変肥後迷惑」以来198年ぶりに噴火
     普賢岳山頂(海抜1359米)から東方600米の九十九島火口と地獄跡火口から白い噴煙があがる
     1991(平成03)05/15初めて土石流が水無川流域で発生
     1991(平成03)05/20地獄跡火口より高さ数10米、直径40〜50米の溶岩ドームが出現
     1991(平成03)05/24噴火により初めて火砕流が発生
     1991(平成03)05/26水無川で火砕流による初めての負傷者が出る
     以降、度重なる土石流と火砕流は、島原・深江地方に大きな打撃を与える
     06/03午後04時08分、地獄跡火口の東側斜面より、これまでにない最大規模の大火砕流が連続発生
     09/15普賢岳北東斜面より大火砕流が発生
     南高深江町大野木場地区で熱風による火災で小学校と民家126棟、島原市上木場地区で65棟が焼失
     国土地理院発表の溶岩総噴出量は約2億立方米に
     1994(平成06)までの被害は死者行方不明44人、負傷12人
     家屋全壊・流出688戸、半壊107戸、床上床下浸水536戸
  11/30長崎県営バスが長崎〜広島間に高速バスの運行を開始
     2002(平成14)03/31高速バス広島線が廃止
  11/30雲仙−福岡間に高速バスの運行を開始
  11/島原普賢岳の噴火の降灰により葉タバコの栽培農家が減少
  12/01長崎県営バスが運行する高速バスの長崎〜呼子線を0.5便増便し1.5便となる
  12/29東京銀座7丁目にキャバレー「銀巴里」が惜しまれつつ閉店に
     閉店日には銀巴里の名が記されたコーヒーカップや食器類がすべて常連客によって持ち帰られる
  南高来郡北有馬町のキャラクターとして「さき丸くん」が誕生
     300年以上の伝統を持つ郷土芸能「先踊り」をデザインしている
  八千代町の最後のガスタンクを解体
  長崎市児童科学館が大浦町の●●●●から銭座町の●●●に移転
  浦上歩道橋が架設
  長崎「旅」博覧会にあわせ稲佐山道路を改良、公園に野外音楽堂、大展望台、レストランなどを整備
  長崎バス(株)の整備工場が茂里町営業所の隣接地から神の島工業団地内に移転
     神の島工業団地内は敷地面積約1万0800平方米の地
  国見町百花台公園で第41回全国植樹際が開催。天皇・皇后両陛下が雲仙に宿泊
  最後の山、北海道夕張炭鉱で閉山

1991(平成03)【今上】 辛未(かのとひつじ)

  《総理大臣》[第77代]第2次海部俊樹内閣(→11/05)、[第78代]宮澤喜一(11/05→)
  《知事》[第50代(公選12代)]高田勇
  《市長》[第27代]本島等(→05/01)、[第28代]本島等(05/02→)

  01/17撤退期限切れのイラク軍に対して多国籍軍が「砂漠の嵐作戦」を開始する。湾岸戦争がはじまる
  03/01小江原3丁目330-1077に小江原台近隣公園(1万6024平方米)が開設
  03/23トルコ共和国・アンカラ市より寄贈された「無限」が平和公園内に設置
     男性と女性が手と手をつないでいる姿は全人類の平和と協調をあらわす
  03/27長崎バイパスの市布〜昭和町の4車線拡幅化と川平町〜西山町(第2期・3.9粁)の2車線が完成
     西山トンネル(川平〜西山)が開通。供用を開始。総工費445億円
  03/長崎県営バスが定期バスの車体色を変更。赤基調カラーの「赤バス」が初登場
  03/「長崎ケーブルテレビジョン株式会社」(NCTV)がハイビジョン実験放送の実験開始
     全国のケーブルテレビに先がけて普通のテレビで視聴できるよう実験
     2000(平成12)10/01通信事業への業務拡大を機に社名変更
     「株式会社長崎ケーブルメディア」(ncm)となる
  03/31小江原3丁目330-963に小江原台西公園(431平方米)が、三重町1398他に三重公園(2128平方米)が
     城山台2丁目204-460に城山台公園(3385平方米)が、三ツ山町689他に犬継公園(2676.35平方米)が開設
  03/31西彼杵郡琴海町大平郷に旭ヶ丘西公園(1704平方米)が
     西彼杵郡琴海町西海郷に琴海ニュータウン公民館公園(193平方米)が開設
  04/01「長崎国際テレビが開局し、民放4局が揃う
     [NIB(英文正式社名・Nagasaki International Television Broadcasting Inc.)]」
  04/01西彼杵郡伊王島町大字伊王島に伊王島リゾート公園(1万4610平方米)が
     西彼杵郡野母崎町脇岬に脇岬北港公園(629平方米)が開設
  04/19夕方、ソ連のゴルバチョフ大統領が来崎
     浜口町の北郵便局前で大統領夫妻が下車。道路を100米ばかりを歩きながら沿道の市民に応える
     曙町の悟真寺に500人の市民が出迎え。木津義彰住職がロシア人墓地を案内。住職の説明に耳を傾ける
     夜07時半、松山町の平和公園を訪れ、核超大国の首脳として初めて原爆犠牲者を追悼、平和祈念像に献花
     のち2時間余り滞在ののち、次の訪問地、韓国済州島へ向かう
  04/20高速バス「りんどう号」が8往復(産交4、県営4)に増便
     高速バス「りんどう号」は長崎と熊本を九州横断自動車道、九州縦貫自動車道で結ぶ
     1992(平成04)07/2110往復(産交5、県営5)に増便
  04/23諫早市小野町で長崎県営バスによる死亡事故が発生
  04/26名鉄バスと西肥自動車が共同運行で佐世保−名古屋間に高速バスの運行を開始
  04/30東山手・南山手地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定される
  05/15雲仙岳の噴火により初めて土石流が水無川流域で発生
     05/20雲仙岳地獄跡火口より高さ数10米、直径40〜50米の溶岩ドームが出現
     05/24雲仙岳の噴火により初めて火砕流が発生
     05/26雲仙岳の噴火により水無川で火砕流による初めての負傷者が出る
     以降度重なる土石流と火砕流は、島原・深江地方に大きな打撃を与える
     06/03午後04時08分、地獄跡火口の東側斜面より、これまでにない最大規模の大火砕流が連続発生
     国道57号が全面通行規制
     島原市の水無川流域を時速100粁で襲い、北上木場町と南上木場町(一部)の民家などを飲み込む
     報道陣油剤指定地の定点上流で撮影していた仏人火山学者2人(夫妻)、米人火山学者1人をはじめ
     警備で北上木場農業研修所にいた消防団員12人、定点にいたマスコミ報道関係者16人、
     チャーターのタクシー運転手4人、水無川流域を警戒していた警察官2人、
     土砂除去の作業員・付近の住民6人など43人の犠牲者をだす
     09/15普賢岳北東斜面より大火砕流が発生
     南高深江町大野木場地区で熱風による火災で小学校と民家126棟、島原市上木場地区で65棟が焼失
     国土地理院発表の溶岩総噴出量は約2億立方米に
     1994(平成06)までの被害は死者行方不明44人、負傷12人、
     家屋全壊・流出688戸、半壊107戸、床上床下浸水536戸
     度重なる火砕流や土石流により、避難した人1万人、建物や農業、商工業、水産業などの被害は1000億円以上に
  05/北松小佐々町の教育次長の野田國男が、北松地区の広域行政の推進と発展を願い、郷土紙「新北松新聞」(月間)を創刊
     表裏2ページで、500部を毎月10日発行。毎回12本前後の地域の話題を取り上げる
     少子高齢化が著しく、かつての産炭地域は活力を失い市町村合併の問題が浮上した時期
     『北松は一つ』を合言葉に政治、経済、教育などさまざまな分野からメッセージを発信する
     2006(平成18)04/15創刊15周年の記念式典が北松佐々町文化会館で開催
     元陸軍少尉の小野田寛郎が記念講演。約700人の聴衆で会場が埋まる
     2007(平成19)07/野田國男が盲腸手術で入院
     精密検査で心臓に大動脈瘤の肥大が見つかり、静養を余儀なくされる
     12月の200号を前に、4年後の創刊20年を前に、7月号を最後に廃刊
  06/01ビジネス特急バス「ありあけ号」が6往復(産交3、県営3)に減る。普賢岳噴火の影響もあり島鉄が撤退
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1992(平成04)06/014往復(産交2、県営2)に減る
  06/03雲仙普賢岳の火砕流で島原鉄道の南島原〜布津間が不通に
     12/27全線復旧
     1992(平成04)03/15島原外港〜深江間が土石流により不通となる
     04/14復旧
     1992(平成04)04/28島原外港〜深江間が再び不通となる
     翌日からこの区間の運行を休止。防災工事がはじまる
     1997(平成09)04/01島原外港〜深江間の高架化が完成。復旧し運行を再開
  06/03以降、島原普賢岳の噴火災害の影響により長崎県営バスが年度中に228百万円の減収となる
  06/08NHKスペシャル番組「阿久悠・歌は時代を語り続けた」放送中
     前半の1時間が過ぎたあたりで、突然、雲仙普賢岳の何度目かの噴火が勃発
     急遽、ニュースに差し替えられる
     番組は阿久悠の作詞家活動25周年を迎えた特別番組
     06/15番組が全編放送される
  06/19べっ甲の原料タイマイがワシントン条約の付属書 氓ノランクされているため政府の方針として次のことが決定
      ○ワシントン条約におけるタイマイに関する留保を 1994年(平成06)07/末までに撤回
      ○タイマイの輸入は、1992(平成04)12/月末までとし、その間輸入割り当て量は7.5 瓲とに
      ワシントン条約=絶滅の恐れがある野生動植物の種の国際取引に関する条約
      付属書氈$竚クから守るための国際取引が原則禁止されているもの
     1992(平成04)限りで原料のタイマイの輸入ができなくなることを意味、べっ甲業界は存亡の危機に
     決定を受け、平成3年度の国の補正予算でベっ甲産業救済対策費9億5400万円が措置
     1992(平成04)01/14事業の実施主体として「社団法人日本べっ甲協会」が通商産業大臣より認可を受け設立
  06/27小浜町富津で長崎県営バスによる死亡事故が発生
  07/03長崎県神職保護司会が設立される
     保護司を委嘱されている神職の団体
     「社会を明るくする運動」を県内全神職に協力依頼するなど、神社界を挙げて犯罪のない地域社会づくりに努める
  07/09長崎県営バスと京阪バスが共同で長崎〜京都間に運行する高速バスが枚方市に停車するようになる
     長崎→京都「きょうと号」、京都→長崎「ながさき号」
     2001(平成13)03/ 長崎〜大阪線の「オランダ号」を京都延長の形で統合し廃止に
  07/10普賢岳噴火による被災住民を見舞う天皇・皇后両陛下を乗せた日本エアシステムの定期便が長崎へ
     政府専用ヘリコプターで水無川流域の上空から火砕流や土石流の生々しいツメ跡や普賢岳を視察
     ホテル南風楼では消防団員12人の遺族34人と対面、114世帯541人が入居する霊丘公園の仮設住宅へ
  07/31平戸島〜生月島に橋長960米、中央径間400米の生月大橋が完成。全体事業費111億5千万円
     形式は3径間連続トラス橋、橋長800米(200米+400米+200米)、幅員6.5米
     中央の橋脚間400米は世界最大規模
     同年優れた特色を持つ橋に与えられる社団法人土木学会主催の「田中賞」を受賞
  07/「長崎県上海事務所」開設
  08/01雲仙〜島原間の長崎県営路線バスが神代経由の臨時路線で運行
     12/25雲仙〜島原間の県営路線バスが県道132号経由の臨時路線で運行
     1992(平成04)10/19国道57号全面規制解除に伴い、雲仙〜島原間の路線バスを国道57号に変更
  08/12長崎県営バスがボリビア県人会に大型バスを寄贈
  08/23長崎県営バスが雲仙活性化対策として「日帰り雲仙温泉湯冶ツアー」を実施
  08/28長崎県教育関係神職協議会が設立される
     教職員を務めながら神社奉仕を続けている神職の団体
     教育現場の経験と神職としての視点から、教育正常化に取り組むとともに、神道教化の実践に努める
  09/11五島の上五島の仲通島とを結ぶ全長522米のトラス橋、若松大橋が架かる
     架設により「離島の離島」という若松島の地理気的悪条件が改善される
  09/15普賢岳北東斜面から、さらに大火砕流が発生
     南高深江町大野木場地区で熱風による火災で小学校と民家126棟、島原市上木場地区で65棟が焼失
     国土地理院発表の溶岩総噴出量は約2億立方米に
     1994(平成06)までの被害は死者行方不明44人、負傷12人、
     家屋全壊・流出688戸、半壊107戸、床上床下浸水536戸
  09/24長崎県営バスがロンドンバスを長崎市内定期観光バスに導入
  09/27台風19号襲来日。雨量204.5粍を記録
     死者5、負傷者257、家屋の全壊・流出158、半壊2453、床上床下浸水199戸
  10/05長崎県営バスが長崎県立長崎東高等学校に定期券の訪問販売を開始
  10/「長崎くんち」(6)…今博多町(本踊)、魚の町(川船)、
     玉園町(獅子踊)、江戸町(オランダ船・花車)、籠町(龍踊)
     諏訪神社で「くんちの夕べ」始まる
  10/28「クリスタル・ハーモニー」の後継船、日本郵船の豪華クルーズ客船「飛鳥」が三菱長崎造船所で完成
     2万8556瓲【2万8717瓲】、長さ192.8米、幅24.7米、航海速力21節。客室296、乗客592人
     三菱長崎造船所が誇る可変ピッチプロペラ、フィンスタビライザーの技術が導入
     「飛鳥」には戦前の客船黄金時代の伝統を引き継ぐという想いがこめられる
     太平洋戦争勃発の年に三菱造船長崎造船所で建造された、日本最大になる予定の「橿原丸」を意識
  10/28長崎市北公民館が住吉町の西浦上合同庁舎からチトセピアビル内に移転
  10/ラッキー自動車が長崎インターナショナルホテルを開業
  11/01日本サッカーリーグにかわる社団法人日本プロサッカーリーグ「Jリーグ」が正式に発足
     1992(平成04)03/29日本サッカーリーグが最終節をもって廃止となる
  11/競輪アパート跡地に地上13階、地下1階、延べ面積6万平方米のチトセピアがオープン
     公営住宅268戸、長崎市役所西浦上支所、ユニード等専門店、銀行が入居
  12/03長崎ターミナルに九州急行からの委託業務として九州号予約センターを開設。福岡行九州号の予約業務開始
  12/25ソビエト社会主義共和国連邦が解体され崩壊する
     大統領ミハイル・ゴルバチョフが辞任し、同時に各連邦構成共和国が主権国家として独立
  12/2706/03以来不通だった島原鉄道の南島原〜布津間が全線復旧
     1992(平成04)03/15島原外港〜深江間が土石流により不通となる
  12/長崎商工会館の第18代会頭に松田●(白篇に高)一が就任
     1994(平成06)12/議員改選、松田●(白篇に高)一会頭が再選
  12/ソ連消滅、独立国家共同体が誕生
  駐長崎中国総領事館が油木町から橋口町に移転
     東京に中華人民共和国駐日本国大使館があり、他に駐大阪総領事館、駐福岡総領事館、駐札幌総領事館がある
  浦上川の茂里町〜竹の久保町間に93.0米の歩行専用の斜張橋が架かる
  口之津町に117.5米のニールセン橋、なんばん大橋が供用を開始
  ラーメン橋の稲佐山スカイブリッジが架設。49.0米
  早岐瀬戸に橋梁延長126米の針尾橋が架かる
  水中翼高速船「ヴィーナス」が対馬−博多航路に就航
  西彼杵郡多良見町のキャラクターとして「みかん坊や」がうまれる
  ツシマヤマネコが環境庁の「レッドデータブック」に「絶滅危惧」として記載
     1993(平成05)「ツシマヤマネコを守る会」が結成

1992(平成04)【今上】 壬申(みずのえさる)

  《総理大臣》[第78代]宮澤喜一
  《知事》[第50代(公選12代)]高田勇
  《市長》[第28代]本島等

  01/08長崎県営バスが大村〜森山に向陽高校スクールバスの運行を開始
  01/10長崎県営バスが高速バス「ひろしま号」を使ったスキーツアーの実施
     〜02/29
  01/14事業の実施主体として「社団法人日本べっ甲協会」が通商産業大臣より認可を受け設立
  01/31長崎県警が刃物販売店に青少年へのバタフライ(ナイフ)などの販売自粛を求める
     全国的に連続する少年の「いきなり型」非行犯罪に対応して
  03/13長崎県営バスが9路線にて自由乗降バス(フリーパス)の実施
     1993(平成05)02/01フリーバス路線拡大(8路線)
  03/15雲仙普賢岳の土石流により島原鉄道の島原外港〜深江間が不通となる
     04/14復旧
  03/25長崎県営バスが西肥自動車と共同で長崎駅前〜ハウステンボス間を1日18往復(県営バス9往復)の運行を開始
     2005(平成17)03/31長崎県営バスが西肥自動車と共同運行するハウステンボス〜長崎の高速バス路線から撤退
     西肥自動車の単独運行となる
  03/24195米のJR九州・ハウステンボス連絡橋が登場
     南風崎町のJR九州ハウステンボス駅とハウステンボス町のハウステンボスを結ぶ
  03/24ハウステンボス内にヴィンセント・ヴァン・ゴッホ橋(スワン橋・跳ね橋)、ハーフェン橋(カロヨン橋・片跳ね橋)が登場
  03/25日本初、九州を代表する海辺のリゾート施設「ハウステンボス」が開園
     第1期工事に2250億円を投じ広さ152万平方米がオープン
     もとは県が工業団地として造成した埋立地で買い手のつかない荒廃地
     1988(昭和63)「自然の息づかいを肌で感じる新しい住空間の創造」をコンセプトに街づくりが開始
       自然の摂理にかなった持続可能な循環型社会モデルの具体化
       広大な土地にレンガに至るまで本物指向の姿勢を貫きオランダの街を再現
       不毛の地を掘削し堆肥を混入、有機的に土壌改良を行なう
       40万本に及ぶ木と街路樹を植え庭園を造り自然の再生が実現
       運河の護岸は生態系を保護するため石積みに
       水は大村湾の潮位差70糎の利用とポンプによる循環で消費電力を35%削減
     これらの施設で省エネ、水資源保全などの先進的な環境への取組みで4つの賞を受賞
     環境問題への先見性が世界的に評価され存在意義が高まる
     2003(平成15)02/26ハウステンボスが負債2289億円をかかえ破綻。会社更生法の適用を申請
     小泉内閣の不良債権処理加速で追い込まれた主力銀行の支援打ち切りが致命的
     03/02破綻後最初の日曜日、続々と応援団が駆付ける
     福岡から市職員の誘いで博多にわかの面をつけた50人が入場
     市長の親書と「ほっとけんばいハウステンボス」と書いたバンダナを光武市長と桃尾重明保全管理人に渡される
     午後、島原観光連盟の70人が訪れ和服姿の女将10人は横断幕「がまだせハウステンボス」を掲げエールを送る
     佐世保観光協会は福岡市の繁華街で「HTBは元気に営業をつづけています」と街頭宣伝をする
  03/291965(昭和40)発足の日本サッカーリーグが最終節をもって廃止となる
     社団法人日本プロサッカーリーグ「Jリーグ」が正式発足により
  03/30西彼杵郡外海町大字神浦上大野郷に大野浜海浜公園(1万2333平方米)が開設
  03/31かき道4丁目2000-2に矢上団地第4公園(4122平方米)が、畝刈町1613-138に畝刈第1公園(907.75平方米)が
     畝刈町1613-199に畝刈第2公園(1005.60平方米)が、京泊町1543-36に京泊第4公園(1023.38平方米)が
     多以良町129他に多以良運動公園(7635平方米)が、小浦町24-13他に小浦公園(1450.80平方米)が
     川平町1074-1他に川平公園(6642.76平方米)が、三ツ山町101-2他に三ツ山公園(6954平方米)が開設
  03/31西彼杵郡三和町宮崎に川原大池公園(19万6478平方米)が、西彼杵郡琴海町大平郷に旭ヶ丘東公園(1068平方米)が
     西彼杵郡琴海町村松郷に村松児童公園(370平方米)が、西彼杵郡琴海町西海郷に西海児童公園(495平方米)が開設
  03/長崎公共職業安定所が小曽根町から宝栄町のJR住宅跡地に移転
  03/キハ183系特急気動車「オランダ村特急」が廃止となる
     1992(平成04)07/緑色に金色のラインの「ゆふいんの森2世」となる
     1999(平成11)03/「ゆふいんの森2世」が廃止となる
     1999(平成11)03/長崎〜佐世保を約1時間20分で結ぶ特急「シーボルト」(2往復)となる
     塗装は登場時のオランダの国旗をイメージした赤・白・青の3色に戻る
  04/01伊万里昭和交通(株)設立
     2003(平成15)09/30解散
  04/01ハウステンボスオープンに伴い、長崎市内定期観光バスの発着場所を長崎ターミナルからJR長崎駅構内に移設
  04/01長崎県営バスが特定旅客事業として長崎空港内棧橋連絡バスの運行開始
     〜1993(平成05)03/31
  04/1403/15以来不通だった島原鉄道の島原外港〜深江間が復旧
     04/28島原外港〜深江間が再び不通となる
     翌日からこの区間の運行を休止。防災工事がはじまる
  04/28島原鉄道の島原外港〜深江間が再び不通となる
     翌日からこの区間の運行を休止。防災工事がはじまる
     1997(平成09)04/01島原外港〜深江の高架化が完成し雲仙普賢岳噴火災害から島原鉄道が復旧。運行を再開
  04/30長崎県営バスが日本宝くじ協会からレトロバスの贈呈を受ける
     05/162台目のレトロバスの贈呈を受ける
  04/「県窯業技術センター」がオープン
  06/01長崎県営バスがデラックスレトロバスで行く雲仙温泉湯治日帰りツアーを実施
     07/21同じくレトロバスで行く島原温泉日帰りの旅実施
  06/01ビジネス特急バス「ありあけ号」が4往復(産交2、県営2)に減る
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1995(平成07)03/012往復(産交1、県営1)に減る
  06/01あたご自動車学校30周年記念行事として自動車学校から大平橋バス停までの坂道まるい坂が完成
     着工から1年6ケ月
  06/21長崎電鉄が夏季ビール電車の運行を開始
  07/20長崎県営バスが雲仙〜ハウステンボス間の運行を開始
  07/21高速バス「りんどう号」が10往復(産交5、県営5)に増便
     高速バス「りんどう号」は長崎と熊本を九州横断自動車道、九州縦貫自動車道で結ぶ
     2002(平成14)06/9往復(産交4、県営5)に減る
  07/バルセロナ五輪開催
  09/12学校週5日制施行にともない第1回休業を実施。以降、毎月第2土曜日が休業に
  09/30西彼杵郡三和町蚊焼にさかみち公園(300平方米)が開設
  09/学校週5日制スタート
  秋/「長崎いのちの電話」が有志の間で準備がはじめられる
     のち245人の賛同者を得る
     1993(平成05)11/06☆設立総会をもって正式に発足
     のち相談ボランティアの養成をすすめ、賛助、運営ボランティアの仲間を広げるなど態勢を整える
     1994(平成06)11/05午後5時、相談業務を開始する
  10/10アメリカ合衆国・セントポール市より寄贈された「地球星座」が平和公園内に設置
     7つの大陸を表す7人の人間で世界の平和と連帯を表現
  10/12長崎県営バスの雲仙ターミナルにギャラリーを開設
     1993(平成05)07/21長崎県営バスが雲仙ターミナルの2階に雲仙観光資料館を開設
     2003(平成15)02/28雲仙資料館が閉館
  10/19国道57号全面規制解除に伴い、長崎県営バスの雲仙〜島原間の路線バスを国道57号に変更
  10/「長崎くんち」(7)…桶屋町(本踊)、船大工町(川船)、
     栄町(阿蘭陀萬歳)、本石灰町(御朱印船)、万屋町(鯨潮吹き)
  10/野母商船が博多〜五島の航路に大型旅客フェリー「太古」(1260瓲)を就航
  10/長崎バス(株)が新規事業として自動車整備(車検)事業に進出
  10/長崎魚市場活魚センターが竣工
  11/03島原鉄道の阿母崎駅−吾妻駅間で列車正面衝突事故が発生。74人が負傷
  11/瀬川汽船(株)がFRPさんせがわ(19瓲、102人、20.75節)を就航
     1996(平成08)07/FRPウイングせがわ(19瓲、101人、25.80節)が就航
  露天風呂をつくろうと矢太樓の代表取締役村木營介、自らユンボを借り設計無しに掘る
     掘ったあとに設計、長崎市内で最初の露天風呂「桃源境」をつくる
     1992(平成04)ヤタロウイン1号館を階層して矢太樓南館に屋号変更
  長崎銀行が本社建物の窓枠や外壁の大幅な外装改修を行なう。裾周りや入口に石積みがなされる
  国道35号と平行するJR佐世保線三河内駅前から波佐見に向かう県道1号線へと分岐する箇所に三川内高架橋が架かる
  長崎駅前第2歩道橋の長崎駅前と大黒町にエレベータが設置される
  平和公園に地下駐車場を造るために地面を掘り返す
     地中から赤レンガの扇状になった長崎刑務所浦上刑務支所の基盤と処刑場の地下部分が現れ、一部を原爆遺構として残される
  長崎県営バスが4扉中乗り前降り方式の車両を再び試験導入
     1996(平成08)採用となる
  樺島灯台資料館がオープン
  28年5か月の飼育記録を続けていた長崎水族館の皇帝ペンギン「フジ」が死亡

1993(平成05)【今上】 癸酉(みずのととり)

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