堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         30 朝のできごと

           5日前から、いつも明け方になると、ライオンの発作が起きる。
           心臓が弱くなったせいだ。
           はあはああえぐせつない声、
           ときにはごぼごぼひゅうーひゅうー嵐が吹いているみたいなライオンの胸のなか。

           私は、主治医の先生からもらった薬を、発作がおさまるまで、与える。
           白いきれいなおいしそうな粒だ。
           副作用もなにもないホメオパシーだから、安心してライオンの背中をなでながら。

           とくに今朝はひどかった。
           だえきを垂らし、頭を後ろ足の間につっこみ、
           ライオンはつらそうに、二時間もあえぎつづけた。
           まっくろなきれいな目をみひらくようにして、歯茎をまっ赤にして。
           ときどき、クウーンと小さな声で泣く。

           私はただ見守っているしかない。
           早くこの苦しみがとおりすぎていくように。
           痛くないように、おだやかになるように。

           やがて、ぶどう色の闇はほうきを掃くように、すーと明るい水色にかわってくる。
           すきとおった5月の朝がおとずれるのだ。
           薬がきいたのか、ライオンはやっとねむりはじめた。
           くたっと背中を曲げたまま。胸の鼓動が落ち着いてきたのだ。

           なんだか鳥の声がすると思って、カーテンを引くと、
           ベランダで、すずめたちが、ライオンの落とした毛を口にくわえ、いっせいに空に飛び立った。

           巣作りの季節だ。ライオンは眠っている。


          ★その31★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★