堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         29 歩く

           ぽんと指で身体をおせば、めりこんだ指先からジューとなにかが、フキでそうな気がする。
           それは、たぶん涙だろうか?澄んだ涙だよ、きっと。
           毎日、ライオンのおしっこ、でますようにと願っている私が、
           もし、でなければ…なんて、考えたとたん、
           私の心はジューと得体のしれないなにかでいっぱいになる。

           そんなとき、私は歩く。
           ここに越してきて、長崎の町どこへでも、歩いていけるから。
           バスに乗らなくても、電車じゃなくても平気だ。
           新しく通販で買ったスニーカーサンダルを、しっかりとかかとに合わせて。

           となりにライオンがいなくても、
           私は、あたたかな5月の輝く空気のなかを歩いていこう。
           見知らぬ路地ばかりを選んで、誰に会っても、会わなくても、胸張って、歩いていこう。
           そんなとき、私のなかのなにかは、弾けて天にのぼり、透明な雪になって、消える。
           あとはまぶしい5月の空が私を見下ろしている。
           疲れて汗をかき、帰ってきたら、ぐっすり眠っているライオンを見て、
           またあしたから、おしっこがんばろうって、いいきかせると、外はもうぶどう色の夕暮れにかわっている。


          ★その30★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★