堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         27 おしっこの明け暮れ

           その日は朝寝坊をして、ライオンの散歩がおそくなった。
           「ごめんね、ライオン、おしっこ、がまんしてた?」
           私はライオンの首に紅いマフラーを巻き、リードをつけ、急いで外へ連れ出した。
           だのに、ライオンときたら、おしっこをする気配がない。
           おしりをぽとん落としたか思うと、コロンとうんちをするだけで、とことこ坂をくだるのだ。

           私は肛門の脇からぽこっとでているライオンの膀胱をさわってみた。
           ライオンは5年前からヘルニアで膀胱が外側に飛び出ているのだ。

           膀胱はもはやぱんぱんに張っていた。
           いや、かちんかちんに固まっているといってもいいほどだ。
           私はあわてた。
           これって、おしっこのたまりすぎじゃないか?
           15歳を過ぎてから、軽い痴呆が出て、反応がにぶくなったとはいえ、
           おしっこを出すのさえ忘れちゃったの?いや違う。
           ぱんぱんにふくらみすぎた膀胱はいくら力んでもだめなのだ。

           私はそのままライオンを抱っこして、獣医さんにつれていった。
           獣医さんはチューブを尿道に差し込んで、ドレインオフ、膀胱からおしっこを抜き取ってくれた。
           容器には透明なライオンのおしっこがしゅるしゅるたまった。

           私は反省した。ライオンはもう若くないんだ。
           いくら夕方の散歩にいったからって、朝までおしっこをがまんするのは無理というもの。
           高齢のためにおしっこやうんちができなくなって、
           部屋中に垂れ流してしまう犬もいるって聞いたじゃないか。
           だけど、ライオンはちゃんとおしっこを教えてくれる。
           たっぷりのおしっこをした後は、うれしそうに後ろ足で土をける。

           ライオンの犬としての誇りは、まだまだ残っているのだ。
           名前を呼べば耳をたて、鼻はきちんと匂いを嗅ぎ分ける。
           生の馬肉を食べる威勢のよさはこきみよい。
           「いい子だね、ライオン」そういってやると、かわいい眼をとじて、とろとろ気持よさそうに眠る。
           ライオンは年をとっても犬なのだ。

           「ごめんね、ライオン」私はライオンの頭をなでながら、夜の散歩をもう一回増やした。
           きんきん凍てつく星空の下で、草むらを歩きながら、おしっこをするライオンを見て
           「やったね、ライオン、いいおしっこでたね」そういってほめてやる。

           冬の朝も夜も、勢いよく飛び出すおしっこは、ライオンの命…


          ★その28★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★