堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         24 思い出すこと

           朝、かかってきた電話にでると、いきなり「お疲れさまです」といわれることがある。
           こちらは、まだライオンの散歩にもでかけていないし、一日はまだはじまったばかりだ。
           なんか、へんだよなと思いつつ電話に応対する。

           私は「お疲れさま」という言葉をあまり使ったことがない。
           おはようございますとか、こんにちは、ありがとうございますなんかは、よく使うけれど。

           「お疲れさまです」で、思い出すことがある。
           もう2、3年前になるだろうか?私は県内の高校生たちの演劇コンクールの審査員をしたのだ。
           元気いっぱい、そのくせナイーブでユニークな高校生たちの演劇は、思っていた以上に楽しかった。
           出場校は、全部で15、6校あっただろうか。
           一日が終わる頃になると、私はすっかりみんなと打ち解けてしまった。
           審査員だということも忘れて。

           そのときだった。
           最後にコメントを述べるときに、なにか目立つことをいってよと、何人かの高校生からリクエストがきたのだ。
           高校生たちはクスクス笑って、私にそっと耳打ちした。私は思わず「OK!」といってしまった。

           すべての演劇がおわり、優勝校が決まって、特別賞だの、脚本賞だのいろいろな賞がみんなに与えられ、
           審査員たちが、壇上にあがって、コメントをいうときがきた。
           審査員たちはコメントをいうまえに、必ずといっていいほど「みなさん、お疲れさまでした」をいった。
           さて、私の番である。観客席のほうを見ると、さっきの高校生たちが手を振っている。

           私はぐるりとみんなの顔を見渡した。
           コホンと軽い咳をすると「みんな、きょうは、ほんとうに、おつカレーライス!」
           爆笑!と思いきや、急にこまったような表情を浮かべた高校生たち。
           (ほんとうにいってしまった…)とでもいいたそうな。
           (まさか、いわないと思ったのに…)じっと下をむいたままで。
           が、次ぎの瞬間なんともいえない笑いが、会場のあちらこちらからもれた。

           話に聞いたら、審査員の方々は次の年も、ふたたび審査員として壇上にあがったらしい。
           もちろん、私には、2度と審査員の依頼はこなかったけど。


          ★その25★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★