堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」
22 惜しむ庭
大家さんから庭の木を切りにいきますよと、電話をもらった。
ちょうどその日は、英語学校にいく日だったので、
「よろしくおねがいします」とだけいって電話を切った。
夕方家に帰っておどろいた。庭じゅうの木という木が全部切られていた。
雪のように可憐な白い花を咲かせたひいらぎの木も、
たわわに紅い実をつけた万両の木も、さんしょうもびわもつつじもあとかたもない。
たしかに私が借りている坂の途中のこの古い家は、生い茂る木々に囲まれていた。
手入れがいきとどかないぶん、うっそうと暗い森をかたちづくっていた。
しかし、この小さな森には、さまざまな種類の鳥たちが木の実をついばみにきていた。
やさしくさえずり、ときにはさわがしく飛び立ちながら。
夏には、さんしょうの匂いにさそわれて、美しい揚羽蝶が、
なんばも庭を舞った。ときどきへびが庭のしげみにかくれ、私や犬をびっくりさせた。
見事に大きなクモが、木々のあちらこちらに形のいい巣をつくり、
道にまではりだした葉っぱは、涼しい木陰を通る人びとに提供した。
だけどいま、はだかんぼうになってしまった私の庭には、鳥も蝶も遊びにこないだろう。
あっけらかんと、どこまでも見とおしがよくなったのに、
そこから冬の日ざしはさんさんと降り注ぐのに、私の心は昔の小さな森がなつかしい。
生き物と出会えた庭が。
★その23★
★「いつも、そばにいるよ」表紙★