堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         21 路上にて

           大丸まえの、一段高いコンクリートの上にちょこんと腰をおろして、マーシーが歌っていた。
           たったひとりぼっちで、空から落っこちてきた鳥のように、ほあんと足組んで、
           ひざのうえにキーボードのっけて、小さなマイクにむかって、あの高く澄んだ声で。
           並ぶととっても背が高いのに、夜更けの秋のアーケードにすわっていると、
           ひと粒の種のように、ひとひらの花のようにマーシーは、小さくてかわいらしい天使だった。

           「マーシー!ここにいたんだ!」声かけたら、「直子さん、聞いてって」マーシーがにこっと笑った。
           あどけない瞳とゆれる茶色の髪だけは、妙にあかるくきらきらして、
           黒いジャケットも黒のジーンズも夜にとけあい、なんだかマーシーのひざから下は海の色に見えた。

           マーシーはsofaというアカペラグループのシンガーだ。
           はじめてマーシーたちのアカペラを聞いた時、素直でさわやかな声に、心がふるえた。
           でも、その日はひとりで、ひっそりとマーシーは歌っていた。
           その少し前に私たちはライブハウスでいっしょに友だちの歌をきいてきたばかりだった。

           マーシーはその夜すごく歌いたかったんだと私は思った。
           友だちのライブに刺激されて、心の底から歌いたかったんだ。
           マーシーは私の歌えそうな歌も選んでくれた。
           「ペッパー警部」や「なごり雪」「青春の影」「勝手にしやがれ」「涙のキッス」
           ビートルズのナンバーも、森山直太朗の「さくら」もキーボードをたたきながら。 

           マーシーの天使の声は、夜空をつーと突き抜けて、星さえもゆらすみたい。
           高くのびる声、澄んでいるくせに、以外と声量があって、男らしいところもあって、ふしぎな気持ち。

           見上げると、ネオンの明かりは黄色くまばゆく、空気の層がまるで雪のようにちらちら光って見える。
           光る雪は、桜のようにはらはら落ちてきて、マーシーの髪のあたりにふりそそいでいる。
           マーシーのオリジナルソング「桜雪」が、いつまでもいつまでも、アーケードにひびいている。


          ★その22★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★