堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         16 変な人

           その人は、私のあとからとことこついてくるライオンを見て、いった。
           「この犬は、けっこう、いってるね」
           私は無視しようと思ったが、「まだ、15歳です」まだに力をこめていった。
           その人は「やっぱり!」となんだかうれしそうに私を見た。
           60歳代の木のような顔をしたその男の人は、
           道ばたにすわりこむと、ライオンをなめまわすようにして
           「この調子でいくと、あと2年か」とつぶやいた。
           「は?」と私は首をかしげた。
           こいつ、ライオンが、あと2年の寿命と診断したのか?
           ライオンはそれから、背中をたたかれ、しっぽをさわられ、顔をじっとみつめられた。
           「おおっ。白内障もある!」
           その人は、こどものような歓声をあげ、
           「やっぱり、2年だ」こんどは私をのぞきこんだ。
           「おいおい、おーい!」
           その人はさらに、ライオンのたれ耳にむかって、声をかけ
           「きこえないみたいだね、やっぱり2年」ちょっと歌うようにいった。

           そんなこと、なんで、こいつに、いわれなければいけないの?
           かってに時間を区切らないでよ!
           私はむかむかする気持をおさえ、ライオンのリードを引いた。
           ライオンがとことこついてくる。

           しばらくして後ろを振り返ったら、その人も、私を振り返った。
           空にむかって、指を2本たてながら。「あと2年…」かすかに声もきこえた。
           まだ、いってるよ、あいつ。
           しゅんかん、その人は段差のある道で、おもいっきりつまずいた。
           痛そうに顔をしかめた。

           「行こう!ライオン」私はなにごともなかったかのように、前をむいた。
           リードをにぎりしめた。ライオンがとことこついてくる。


              


          ★その17★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★