堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」
[ライオン日記(7)]
14 あした、ほほえんで
散歩の途中で出会う人たちは、私の犬ライオンをじろりと見て、たいていがこういう。
「ずいぶん、年とっているとね」
ほかにいうことばないのかと思うぐらい、ようしゃなく降ってくる、このフレーズ。
「いつかあなたの犬も、こんなふうに、年をとるんですよ」
今日はそういってやったら、2歳になるというマルチーズをつれたおばあちゃんは、
「うちは、そんなふうには、ならないよ」と自信たっぷりにいった。
私が首をかしげたら「うちの犬は、そんげん年まで、生きとらんもん。
小型犬は、早死にすっけん、12歳前に、きっと死ねけん」と笑いながらいった。
私は、あとで後悔した。「こんなふうに、年をとるんですよ」といってしまった自分を。
人からいわれるのがいやなくせに、気がついたら、自分でも同じことをいっていたんだ。
私は毎日、公園に続く坂をとことこ、いっしょうけんめいのぼるライオンを、
みんなに、どうどうと自慢していいのだ。
私のあとから、金色のしっぽをきりっと立てて、とことことことこ、風をきって歩くライオンを、
誰がなんといおうと、私だけは、守っていかなくてはいけないのだ。
もしも、あした、また、いじのわるい思いやりのないことばに出会ったとしても、
私はほほえんで、こういおう。
「ええ、ライオンは、がんばって、お散歩をしているんです。えらいんですよ。
毎日いっしょうけんめい生きているんです」
大好きなラムの生肉をたいらげ、スープを飲み、チーズを食べ、
おうせいな食欲をみせたライオンは、いま、タオルケットの上で眠っている。
しずかな夜。私はあともうすこし、仕事をしよう。
★その15★
★「いつも、そばにいるよ」表紙★