堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

           [ライオン日記(5)]
         12 生肉が大好きだ!

           暑さで、ライオンの食欲がない。私の作ったカボチャたっぷりシチューも食べない。
           散歩にもでかけようとせず、ぼうっとしている。
           ライオンの主治医である福岡の大谷先生に電話すると、生肉をあげてみてくださいという。
           「生肉をあげることによって、野生の本能を刺激するから」

           私は、さっそくライオンのご飯を送ってくれる東京のビッグウッドに電話した。
           ビッグウッドは、自然食のペットフードを扱うお店である。
           オーナーの大木さんは、ラムの生肉1キログラムを送ってくれるという。
           汚染されていない生肉だから、安心して与えて下さいと、つけくわえて。

           私は生肉が届く日を心待ちにしながら、やがて宅急便で送られてきた包みをいそいで開いた。
           かちんかちんに凍った桃色のラム肉が、きれいに輝きながらあらわれた。
           すぐにでもライオンの口にもっていってあげたかったが、包丁を突き刺そうが、まったく歯がたたない。
           解けるまでの時間のなんと、長かったこと…

           私は、シャーベット状になった生肉をひとかたまり、お皿の上におき、
           ふわっと、肉自身の弾力がよみがえるのを待つと、ライオンにあげた。
           ライオンは、1、2回、お皿の上をくんくんするやいなや、がーっと食べはじめた。

           それは、ひさしぶりに見た、ライオンの食欲だった。
           おなかをすかせたジャングルのライオンが、えものをむさぼるように。
           あんまりつめすぎて、桃色の生肉が、ライオンの白いキバの間からこぼれる。
           それを、きれいになめとって、おかわりをねだる。
           きょとんと丸い目をして。

           食欲がでたら、散歩も平気だ。
           ライオンは、とろとろだけど、坂道をのぼるようになった。
           ときどき私の前にでたり、帰りは疲れて、私がだっこするけど。

           15歳だもの、少しぐらいとろとろしても、だいじょうぶだよ、ライオン。
           大谷先生が処方してくれた、自然治癒力を高めるホメオパシーを飲んで、
           あとは、生肉で、この夏を乗り切ればいい。

           凍っていた生肉は、冷蔵庫のなかで、血がじわっとしたたるようになって、
           ライオンは、ほんもののライオンみたいに、食いっぷりが、かっこいい。

              



          ★その13★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★