堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」
10 カモミールティーを飲みながら
横断歩道を渡っていたら、車がさっと私の横をかすめた。
あぶないっと思って、腰をきゅっとのけぞらせたけれど、風のような衝撃を腰に受けた。
車は10メートルほど行って、めんどうくさそうに止まった。
運転していた男は、窓から顔をつきだして、「気をつけろ!」とどなり、
ぼーっと歩いていた私が悪いとなじったのだ。
私はその横柄な態度に怒りがわき、近くの交番にかけこんだ。
すぐに、交通課の警察官がやってきた。
男は調書をとられ、現場検証とやらが始まったのである。
なんともものものしい騒ぎに、男は、やっと頭をさげた。
私はそれから、病院にいった。思っていたとおりレントゲンを何枚もとられた。
身体の痛みより、心が痛かった。
横断歩道のまんなかを歩いていた私、急発進してきた車。
いいわけがましいことばかりいうドライバーの男。
なぜ、ひとこと最初に「ごめんなさい」といってくれなかったんだろうか?
そう、人って、自分は正義だと、いつもいつも思っているんだよね。
でも、車と人間じゃ、勝負は決まっている。
ぶつかったら、いくら車が正義を主張したところで、人間は死ぬ。わかりきっていることだ。
町は車のためにあるのではない。
道は、子どもや、犬やねこや、花や木のために、
そう、生き物がゆったりと憩うために、存在するはずなのに。
爆音をたて、排気ガスをまきちらし、車だけが大きな顔をして、いばってとおる。
中に乗っているのは、ちいさなちいさな人間のくせに。
私は家に帰ると、シャワーを浴び、熱いカモミールティーを飲んだ。
検査で疲れた身体に、ハーブサプリメントも少し多めに。
なによりもライオンのキスが私の心をあたたかくなぐさめてくれたけれど。
★その11★
★「いつも、そばにいるよ」表紙★