堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         9 春のごはん

           ライオンの散歩の帰り、道ばたにしゃがみこんでいる近所のおばあちゃんに会った。
           草むらに顔をつけるようにして、しきりに緑の草を摘みとっている。
           「ほらほら、あんた、これ持っていかんね」
           おばあちゃんは行き過ぎようとした私をひきとめて、
           いま摘んだばかりの小さな草のたばを、てのひらに置いた。

           「ヨメナやけん、おいしかよ」おばあちゃんは、私に、
           「こればサッと湯がいて、塩とだししょうゆであえて、ごはんに混ぜんね」とニコニコしていった。
           「これば、食べんば、春のきた気のせんけんね」
           つやつやと光る緑の草は、フワッとやわらかく、かすかな埃くささがする。

           私は家に帰ると、さっそく玄米ごはんを炊き、ヨメナを湯がいた。
           水につけてアクを抜くと、緑の葉はよりあざやかな色に生まれかわった。
           ツンとむせる草の香りが私の鼻をつきさす。
           それをこまかに刻んで、味つけし、黒ごまをたっぷり入れる。

           炊きたての玄米ごはんに、さっくりと散らばった緑のヨメナは、宝石みたいにまぶしい。
           ライオンがもの欲しそうにクワンと鳴く。「ライオンも、春のごはんを食べようね」
           私は、とびきりのごちそうを犬とわけあって、食べる。

           菜の花色の月が窓の外にかかっている、あたたかな夕暮れ…



          ★その10★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★