堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」
7 本音の毒
ライオンのお腹の具合が悪い。下痢が続いているのだ。
ご飯をぬいて、いいウンチに戻ったかと思えば、血がタラッと混じっていたり…
少々の下痢なら、納豆を多めに与えれば治るのだが、今回は、そうもいかない。
私は、下痢と血便にきく薬を飲ませ、エンザイムという植物性の消化酵素を、
ジャガイモとニンジンとササ身のスープにまぜて与える。
薬はもちろん、獣医からもらう抗生物質なんかではない。
ホメオパシーという自己免疫を高める自然薬である。
いっさいの副作用がないので、安心して飲ませられるからだ。
一週間たって、やっと、ライオンの血便がとまった。
だけど15才という高齢のため、なんだか元気がない。
腰をかばいかばい歩く様子は、おじいちゃんっぽい感じ。
かわいらしい瞳は、赤ん坊の頃とまったく変わりないのに。
私は、なんともいえない思いにかられつつ、公園まで散歩に行く。
私のマフラーと同じ、赤いリードをつけて、私のあとから、トコトコついてくるライオン。
2月の夕暮れは、やっと暖かい風を運んでくる。
公園に散歩に来ている人たちが言った。
「ライオンちゃん、やせたわね。なんか、白髪が増えたみたい」
「いくつになったと?」年配の男性が言った。
私が、「15才」と答えると、「ふーん、年とったねえ」とうなずく。
私はライオンのリードを引いて、少しだけみんなから離れる。
やせた?白髪がふえた?年とった?
どうして、みんな、そんなことを平気で言うんだろう?言えるんだろう?
それが、見たままのライオン、あなたたちの本音だとしても。
たてまえで物をいうのも、サイテ−だけど、本音で言うのが、いいとも限らない。
とくに、犬の病気でちょっとだけ弱きになっている飼い主に、言葉をかけるときは、
本音なんか、むこうに置いてきてほしい。
うそでもいいから。励ましとかいたわりを。
私は別に、期待しているわけじゃないけれど、
本音で物を言うときの手痛い毒に、ぴしぴし心が悲鳴をあげる。
でも、だいじょうぶだよ、ライオン。私がおまえに、100万回も言ってあげよう。
「ライオン、かわいいよ!」「ライオン、かっこいいよ!」
「ライオンきょうも、元気がいいねっ!」
私は、公園からの帰り道、ゆるやかな坂を風になって、走った。
ライオンといっしょに。
★その8★
★「いつも、そばにいるよ」表紙★