堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         6 包丁のうた

           私は通販で7年前に買った包丁を、愛用している。
           いぜん、切れが悪くなったときは、包丁を作っている会社へ宅急便で送り、もとどおりにしてもらった。
           研ぎ代は、無料。私は往復の送料だけをはらえばいい。

           この冬、私の包丁は、ふたたび切れなくなった。
           しかし包丁を宅急便で送るとなると、私の手もとにもどるまで、少なくとも一週間はかかる。
           今回は、どこか近くで、包丁を研いでもらおうと思った。

           私は電話帳で適当な金物屋さんを選び、電話をした。
           切れが悪くなったので、研いでほしいこと、いくらかかるのかも。
           電話の声は「包丁を見てみなければ、なんともいえないよ」と無愛想にいった。
           さらに、代金も「ときによっては、一万円、いや、二万円…」することもあって、
           「包丁を見なければ、返事のしようがないですね」

           私は包丁の鋼の部分に書かれてある名前をいった。
           この名前をいえば、見当がつくかもしれない。
           すると電話の向こうで金物屋のご主人は
           「なに、○○の包丁?あ〜だめだめっ。あれは、ほんとに切れにくいんだから」

           私はおもむろに電話を切った。
           なんだか自分の子どもをけなされたような感じで、ちょっと胸が痛んだ。
           結局いぜんと同じように、宅急便で包丁を研ぎに出した。

           一週間と一日たって、包丁がもどってきた。
           ぴかぴかうまれかわった子どもは、力強さがみちみちている。
           私は、野菜箱の奥にころがっていたさつまいもを切った。
           すぱっときらめく銀の刃が、魔法のように動いて、さつまいもは、かわいい輪切りの姿になった。
           あ〜この感じ、7年前とまったくかわらない。

           ライオンのご飯も、私のご飯も、さくさくとんとん気持よく包丁がやってくれ、
           私は感謝の思いをこめて、銀の刃の部分をやさしくなぜてあげた。

           そのしゅんかん、私の人さし指はしゅ〜と流れ星のような軌跡を引いて、皮膚が切れた。
           「いてっ!」うまれかわった子どもは、やっぱり元気がいいよな。あふれる血を吹きながら、私はそう思った。



          ★その7★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★