堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         4 贈り物 パート2

           新年そうそう東京に住む友人から電話があって、恋人と別れたという。
           私は受話器の向こうにむかって、いってあげた。
           「そりゃ、よかったね、おめでとう!」
           だって、聡明で美人な彼女と、恋人の男はどう見ても、不釣り合いだったから。

           友人の恋人は最近はやりのダメンズ(だめ男)だ。
           見てくれもちゃらちゃらしていれば、仕事も長続きしない。
           私がいちばん腹がたつのは、そいつから、誠実さがちっとも感じられないことである。
           友人のせつない恋しい思いを、そいつは知っているのか。私はことあるごとに、友人にいった。
           「やめなさい。あんただったら、もっといい男がいるだろうに」

           そいつと別れたときいて、友人もやっと目がさめたかと思いつつ、私はこっそりわけを聞いた。
           「彼とね、クリスマスの休暇を、私のマンションでいっしょに、過ごしたときだったのよ。
           なんか、彼の態度がいつもとちがったの。女の勘ってやつ?
           でさ、私、彼の上着のポケットから、手帳みつけて、なかを、調べたの。
           そしたら、わけのわかんない女の名前と電話番号が書いてあったの。7つもよ!直子さーん!」
           ちなみにそいつは、携帯電話を持っていない。というか、友人いわく、
           携帯電話の料金を滞納していて、使用不可だという。(あーほんとうに、ばかな男だ)
           「でね、私、そのなかで、なんだか特別ぴかぴか光って見えた、女の電話番号を、メモしたの。
           よくわかんないけど、7つあった中で、これだ!って、感じたのよ」

           友人は彼が帰っていった夜おそく、その女の電話番号にかけてみた。
           非通知でかけたから、なかなかその電話番号の主は応答しなかったが、
           何10回めかのコールのあと、「もしもし」と受話器の向こうから聞こえてきた聞きおぼえのある声は、
           なんと、こともあろうに、友人の恋人だったというじゃないか!

           「私さ、びっくりして、思わず電話、切っちゃった」
           いっしゅんにして、彼女はすべてを悟ったという。彼には別の女がいた。
           私がつきあうまえから?それとも、最近?とにかく、いま彼は、その女の家にいる。
           さっきまで、さっきまで、私の部屋で、いっしょだったのに!

           「私、すごく腹がたって、もう一回電話してやった」するとこんどは女の声で、
           「あんた、彼と、どういう関係?」とすごまれたという。

           友人はふるえる指で、電話を切った。自分のなかで、なにかが崩れていく気分がした。
           ふらふらする足をしゃんと立たせ、そのあと水をごくりと飲み干し、大きな声で笑ったという。
           ふしぎなことに涙はぜんぜん出なかったって。

           「それ以来、彼からいっさい連絡はなし。いまさら電話があったって、ゆるせないけど」
           友人は、深い深いためいきをつくと、自分がいちばんバカだったわ、ともつけ足した。
           「かえってよかったじゃない。彼が不誠実な人間だって、わかっただけでも。
           きっと、神様が、あなたに、クリスマスプレゼントをくれたのよ。
           あなたには、もっと、すてきな男性が、お似合いだってことよ」

           「そうよね」
           「とにかく、おめでと!ほんとうに、おめでとう!」私たちはなんべんも、シュプレヒコールをした。
           喉が痛くなるくらい、電話のあっちとこっち側で。


          ★その5★


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★