堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」
2 アンブレラ破けた!
福岡県のとある駅で、私は電車を待っていた。
取材の帰りで、すっかりおそくなってしまった。
雨まじりの寒さが足下からはいあがる。ホームには、あまり人もいない。
そのとき、10代後半ぐらいの男の子がふたり、ホームにやってきたの。
ふたりは、いまどきの男の子。
ピアスじゃらじゃらつけて、なんか、ストレスだか、不安だか、
希望よりも、目に見えないもやもやを心の奥に抱えてるって、雰囲気で。
そう、そこらへんによくいる普通の男の子よ。
彼ら自動販売機で、コーヒーを買って飲みながら、ちょっとあばれはじめた。
奇声をあげながら、傘をくるくるまわして。
突然、やせっぽっちの方が、自分の傘を線路にむけて、飛ばしたんだ。
あぶない!って私は思った。電車がきたら、どうするの?
私は、やせっぽっちの男の子に向かっていった。
「駅員さんにいって、傘、ひろってきてもらいなさい」
するとね、その子ときたら、いきなり、線路に飛び降りたんだ。
私はもっと、びっくりした。
その子、傘をひろうと、
メアリーポピンズになったみたいに、傘を空につきのばすようにして、
線路の上、つなわたりするように、歌うたいながら、歩き始めたの。
私は叫んだ。「早く、早く、もどんなよ。あぶないよ、なに、やってんのよっ」
だのに、その子ったら、やめない。
私は、ホームのはしまで行くと、「おいで、私の手につかまって!」
おもいきり、手をのばしたんだ。
こうするより、ほかになかったから。「ほら、こっちへ」
男の子はきゅうにおとなしくなって、私の手につかまった。
「ありがと」っていった。私はその手をひっぱりあげた。
いっしゅん、うわっーってめまいがしそうだった。
だって、いくらやせっぽっちとはいえ、
男の子の力は、強くて、私のほうが線路へ引きずりおろされそうだったよ。
しばらくして、誰かが通報したのか、駅員さんがやってきて、
「だめですよ、こんなこと、しちゃ」って、男の子たちは、おこられた。
「うん」ってうなだれながら、男の子たちは、破れた傘をおりたたんで、はいってきた電車に乗った。
ドア越しに、笑ってるんだか、泣いてるんだか、わからないような顔をして、私を見た。
「気をつけなさいよ、これからは…」私はつぶやきながら、男の子たちを見送った。
最終の〈かもめ〉に乗って家に帰ると、ライオンはぐっすり眠っていたよ。
なんか、長い一日だったわ。
★その3★
★「いつも、そばにいるよ」表紙★