堀直子 エッセイ「いつも、そばにいるよ」

         35 シロちゃん

           終日ふりつづいた雨もあがり、
           勢いのおさまった中島川のほとりでは、いろあざやかな鯉たちがからだをくねらせている。
           私がかってに名前をつけて、かってにシロちゃんと呼んでいる鯉は、そのなかの一匹だ。
           からだは細くスマート。いつもみんなのあとから、ついてくる。ちょっと臆病で、おとなしい。

           だけど、水面から顔をあげて、口をつきだした表情が、愛らしくセクシーだった。
           顔の両側からつきでたエラが、つばさのように大きくひらいて、まるで、飛んでるみたいだった。
           いっしょうけんめい私が投げたパンを食べようと、
           がんばっている口もとがふわふわあどけなくて、かわいらしかった。

           おつかいの帰り道、中島川のほとりまでおりて、私はシロちゃんをさがす。
           背中には黒と赤の斑点がうすぼんやりついて、
           緑に澄んだ水のなかで、きらきらっと光る。シロちゃんは、すぐわかる。

           ある日、川のなかに置かれた飛び石を渡りながら、「シロちゃん!」と呼んだら、
           水しぶきをはねあげて、シロちゃんがおどろいたように逃げていった。
           親しみをどれだけこめたか、なつかしい思いをどれだけこめたか、シロちゃんには、わからなかったのか…

           まだまだ私は、シロちゃんの友だちには、なれないらしい。


          [つづく]


          ★「いつも、そばにいるよ」表紙★