脳梁欠損のこと



1998年のはじめのころ。
首筋に痛みが走りました。
突然ではなく、徐々に痛くなったような気がします。
つっぱるような痛みが、日に日に増していきました。

いてもたってもいられず、近くの総合病院で、CTスキャンを撮ってもらいました。
しばらくすると、病院の人たちの動きが慌ただしくなりました。
「す、すぐ紹介状を書くから、大学付属病院で精密検査を受けて下さい」

……えっ!? ……なにそれ????????
なんで精密検査を受けなければいけないの?
よくよく話を聞いてみると。
な、なんと! あるべきもの…
それがないと生きていられないもの……
がないらしいのです。
……って!? ……ど、どういうこと!!??

ふつう、脳の中には右脳と左脳があます。
そのふたつをつなぐ橋渡しとして、長さ数センチメートルの、白い脳梁というものがあります。
そのなかには、2億本もの神経線維が含まれているのですが、
その……脳梁が、ないらしいのです。

え〜〜〜〜〜っ!!
ないって、どういうことなの?
頭のなかが他の人と違うの?
なくて生きていられるの?
なくて生きてていいの?

早速、大学付属病院の脳外科に検査入院することになり、頭をMRI磁気検査で輪切りにされました。
毎日のようにいろいろな検査を受けました。
長谷川式知能検査もしました。
入院直前に、クリスティーヌ・テンプルの『脳のしくみとはたらき』という本を買いました。
朝から晩まで暇をみては読みふけり、脳の仕組みと働きの知識をちょっとばかり得ました。
そして担当の医師から、脳に関して詳しいお話を聞きました。

「脳梁が欠損している事例は、ほとんどありません。
あっても幼児のうちに、いろいろな症状を併発し、存命の確率は少ないのです。
まして30年以上も、ふつうに生活してこれたこと自体、奇跡です!」

担当医のお話は、読んでいた『脳のしくみとはたらき』の内容と、ほとんど同じでした。
『脳のしくみとはたらき』の原書は1993年、日本語訳は1997年に発表されました。
脳に関して、まだ、あまり解明されていなかったということでしょうか。
脳梁は脳の奥にあり、調べにくいのかもしれません。
脳の仕組みを調べるなんて、素人目に見ても複雑で難しいと思います。
生きている人の脳を開けることもできませんし、まだまだ未知の領域のようです。

では、脳梁がないと、どのようになってしまうのでしょうか?
たとえば空間性技能に障害があったり……、
両手の協調運動ができなかったり……、
きめ細かい感覚情報が解読できなかったり……、
記憶に障害を持っていたり……
私の場合、どういう症状なのか分かりません。
ただ、脳梁がないかわりに、前交連が脳梁の役目をしているらしいのです。
前交連は、ふつうレントゲンにも写らないくらい小さいのです。
でも私のは、ものすごく大きく発達しているといいます。

大学病院では、珍しい症例として、もっともっと精密検査をしたかったようです。
頭に腫瘍があるかどうかを調べるために、足の付け根からカテーテルを入れる検査をすると言われました。
でも、検査が原因で半身不随になったりする危険もあり、侵襲を伴うもので、やめることにしました。
そして、モルモットになるのも嫌になり、2週間くらいで早々に退院しました。

「レントゲン写真を見ないかぎり、とても信じられない」
退院後、他の病院の脳神経系の医師にお話ししたら言われました。
また、専門医でないにしても「そんなこと、ウソでしょう」と返ってきます。
症例がない証しでしょうか。
ふだん、脳をMRIで診てもらうなんて、めったにありません。
今回の私も、偶然、MRIを撮られ、偶然に見つかりました。
もしかしたら、まだ発見されていないだけ。
脳梁を持っておらずに、ふつうに生活している人が、たくさんいるかもしれません。

最初の、首筋が痛んだ話に戻ります。
入院中、ずっと肩凝りなどをほぐす磁石を、いくつも首筋に貼っていました。
すると痛みは、いとも簡単に治ってしまいました。
たんに疲労からくる凝(しこ)りだったようです。

ホントのところ、脳梁がなくて……いいのか、いけないのか?
なんで生きていられるのか? 誰にも分かりません。
信じられない話なのかもしれません。
ただ入院中の担当医の
「存命の確率は少ないのです。まして30年以上も、ふつうに生活してこれたなんて…」
という言葉は、長いこと心の中で引っかかって仕方ありませんでした。
……じゃあ、存在しちゃいけないってこと?
……じゃあ、ここにいるのは、いったい誰なの?

でも、いつのころからか、気にすることはやめました。
「脳梁がなくても、支障なく生きてるんだから(たぶん)、別にいいんじゃない」
いまでは、自分に納得させながらボチボチと生きてます。


詳しくは分かりませんが、一種の病気で脳梁欠損症とかアイカルディ症候群というそうです。
初出、山猫工房出版局発行「ナガサキコラムカフェAGASA」第4号(2006年11月1日)