其之拾壱
「件(くだん)」の件
2003年(平成15)11月9日
長崎の歴史を、あれこれ探っているうち、ひとつの事象に行き着いてしまった。
柏書房発行「明治妖怪新聞」に掲載されている「名古屋新聞」、
1909年(明治42)06月21日号の記事を要約してみる。
〈……10年前に肥前国五島奥島(おくじま)の、ある農家の飼牛が「件(くだん)」を産む。
「件」は生後31日目に『明治37年には日本は露西亜と戦争をする』と云って死に、
その「件」は、今は剥製となって長崎市籠町付近、私設の八尋博物館に陳列されている……〉。
そもそも「件」とは、いったい何モノなのか?
一言でいってしまえば人面牛体の動物。
未来を予知し、その予言は必ず的中するという。
最近では、筑摩書房の「事件の地平線」(とりみき著)をはじめ、
水木しげるはもちろん、ラフカディオ・ハーン、宮武外骨などが紹介し、
数多くのマンガや小説の題材にもなっている。
ある意味、空想動物の一種。西日本では意外と知られているらしい。
ただ「件」自体が、どのようにして派生したのか、
いろいろ取り沙汰されているようだ。
唐突だが、専門家でもないにもかかわらず、
少ない知識の範囲内で仮説を組み立ててみた。
▼たとえば……
「前に言った通り」という言い方がある。
「以上の通りだから、よろしく」…みたいな。
明治時代以降、契約書等の書式の最後には、
「件の通り」とか「よって件の如し」と書かれていたらしい。
つまり目の前の事実結果を認めさせること。
そこで、言った張本人が、自分の心の中に空想動物を当て込んだ。
その空想動物の名前を「件」とした。
「例の」とか「いつもの決まりもの」という意味をもつ「件」。
「件」の意味そのものが、動物の存在理由にもなっている。
「『件』が、○○○と言った」と既成事実を作ってしまえば、
それで出来上がりなのだ。
▼では……
なぜ人面牛体なのか。
「件」の漢字を分解すると「人」と「牛」になる。
それが人面牛体であれ、牛面人体であれ、「件」は「件」なのだ。
▼もうひとつ……
八尋博物館にあったといわれる「件」の剥製とは何か?
たぶん人間の手による作り物。
江戸時代に中国から伝わり、日本でも盛んに
いろいろな動物を繋ぎあわせて作られた。
人魚や河童、鬼の剥製と同じ類ではなかろうか。
存在を否定することは、簡単にできる。
ただ、空想動物かもしれないが、
新聞やいろいろなメディアを賑わしている事実からしても、
あながち空想ともいえないような気がしてならない。
それは想像力豊富な、いにしえの人々が、
夢や希望、浪漫を巡らし生み出した産物なのだから。
ちなみに八尋博物館は、大正末期から昭和初期の頃、閉鎖。
「件」を含む展示物は散逸してしまったという。
で、その籠町付近にあったらしい八尋博物館だが、
まだ長崎の歴史の中から見つけきれていない。
(注)この事象は年表にはアップしておりません。