其之陸
長崎の町【3】つづいて職業の町
2003年(平成15)年10月6日


江戸時代初期の話。長崎の町・6か町には、たくさんの人が住みついた。
あふれた人たちは、入江を埋め立て田畑を拓き、たくさんの町をつくった。
初めにつくられた地名の町とは別に広がりを見せはじめる。
建設資材を取扱い、また生活必需品などを作る職人町としても発展するのだ。

材木町、酒屋町、袋町、紺屋町【本紺屋町】、金屋町、籠町【本籠町】、
船大工町、石灰(しっくい)町【本石灰町】、油屋町、鍛冶屋町【本鍛冶屋町】、
銀屋町(白銀町)、磨屋(とぎや)町、万(萬)屋町、桶屋町、大工町【本大工町】、
八百屋町、麹屋町、御座町【本御座町(花御座町)】、本船大工町、本紙屋町
…。

どのような職人たちが住み、生業としていたのか、容易に想像できそうだ。
さてさて、これらの町に人が集まり過ぎて、人口が密集し狭くなったらどうするか?
さらに入江を埋めて田畑を拓き、またまた新しい町を作ることになる。
ただし既存の町と同じ職人たちが新しい町を作っても、同じ町名は付けられない。
そこで考えた。
同じ名前を付けるとき…もともとの町名には「本」「元」のカンムリをつけた。
先に記した町名のカッコ内の町名【○○町】がそれだ。
そして新しい町の頭には「今」がつき、さらに同じ町名となったら「新」がつく。
さらに、さらに同じ名前がつく場合には、町名のカンムリに「出来(でき)」をつけた。
いくつか今!新しく!出来た!町を挙げてみる。

今魚町、今籠町(新籠町、大音寺籠町)、今鍛冶屋町、今紺屋町、
今石灰町(祇園石灰町)、今魚屋町、新石灰町、新紙屋町(新紙漉町)、
新銀屋町(新白銀町)、新紺屋町、新御座町(新蒄莚町)、新石灰町、
新大工町、新船大工町、出来鍛冶屋町、出来大工町(桃の樹大工町)
…。
今!新しく!出来た!といっても江戸時代の話。あしからず。

もとの町で「本」、「元」。
いまの町で「今」。あたらしい町で「新」……。
なんとなく読んで字のごとく意味も分かる。
では「出来」は、なぜ「出来」なのか?
まさか「新」しく『出来』た町だからとか?
そんな簡単に解けるはずはないと思いたい。しかし、どうも真実らしい…。

ここでひとつ素朴な疑問が生まれた。
たとえば生活必需品を買いに行く。
そんなときは、ズバリその名の町に行けばよい。
ただ、その町といっても、本○○町、元○○町、今○○町、新○○町、出来○○町とあるから迷う。
また、そのうちのひとつの町を選んだとして、
町のなかには、さらに同じ商売のお店が軒を連ねているわけだ。
いったいどのお店のご厄介になっていいのか、路頭に迷ってしまう。
あのお店は、いろいろとオマケしてくれる、とか。
あの角のお店のオヤジは、ケチで有名だから、とか…。
ウワサが噂を呼んで…。
はたして当時の町民は、どのような基準で店を選んでいたのか?
いらぬお節介で、今となっては想像するだけだが、素朴な疑問。心配になってしまった。

カッコ内の町名(○○町)は俗称


閉じる